(Ⅰ)本書と私

(パブロ・マルシアール・オルティース・ラモス著:Pablo Marcial Ortiz Ramos 関根秀介訳。原題:3人の歌声と三つのギター 副題:プエルト・リコのトリオたち。2007年「彩流社」刊)

A TRES VOCES Y GUITARRAS, Los Tríos en Puerto Rico

私と本書との出会いは、やや大げさな言い方をすれば ‘劇的’ かつ運命的なものでした。まもなくやってくる「ミレニアム」に人々が興奮している1999年12月、長年の夢であった《トリオ・ロス・パンチョス》の3代目ファーストボイス、フリート・ロドリーゲス氏に会うために、生まれて初めてプエルト・リコの首都サン・ホワーンを訪れました。約2週間にわたる同氏との感激的な交遊は生涯忘れられないものになりましたが、その時もう一つ ‘劇的’ な出来事がありました。本書の著者“ティト(Tito)” ことパブロ・オルティース氏との出会いです。それは、マエストロ・ロドリーゲスと待ち合わせるべく訪れたサン・ホワーン最大のCD/楽器/音楽書店でのことでした。彼は展示販売中の本書の補充をするために偶然その店を訪れたのです。マエストロからオルティース氏の紹介を受けた私でしたが、彼の持っていた本の『3人の歌声と三つのギター、プエルト・リコのトリオたち』というタイトルと、表紙を飾る3台のギター(その中の1台は明らかにレキントでした)を見た途端、身体中に電流が走りました。そのためマエストロの存在も忘れ、気がついた時には本書を手にしていました。帰路マエストロから、❝君はあのとき相当興奮していたな❞ と冷やかされたのを覚えています。

パブロ・マルシアール・オルティース・ラモス著:Pablo Marcial Ortiz Ramos 関根秀介訳。原題:3人の歌声と三つのギター

その後サン・ホワーンに滞在中、寸暇を惜しまず読みふけるうちに、初めて本書を目にした瞬間 ‘身体中に電流が走った’ 理由が明らかになりました。それは、それまでラテントリオについての知識といえばレコード・ジャケットの「解説」として記されていた、いわば伝聞的・風説的なものにすぎませんでした。ところが、この本はそのようなもので形成された常識を根本からひっくり返すものであろう予感を、その時瞬時に感じとっていたのです。帰宅するや、荷物を広げるのもソコソコに、オルティース氏に手紙を書き、日本語翻訳権の許諾を懇願したのです。1ヵ月ほど経って、オルティース氏からOKの返事が届いたときの夢心地は今でも忘れません。それから7年、「彩流社」さんのご協力もあり、ようやく出版にこぎつけられた、というわけです。その間2度ほどサン・ホワーンを訪れ、オルティース氏に直接お会いし、本文内容の確認を行っています。その間彼から、‘カリブのラテン・トリオ’ に関して色々有意義な話が聞くことができました。

【写真左】パプロ・オルティース氏
【写真中央】フリート・ロドリーゲス未亡人 ミルサ・ロペス・メンドーサさん

 
あれから早10余年、今や ‘カリブのラテントリオ’ はメキシコとキューバ以外では絶滅寸前です。その意味からも、今や本書は貴重な歴史的資料になりました。
そうは言っても、私と同年代の ‘ラテントリオ・ファン’ は、まだ少なからずおいでのはずです。ぜひ本書を御一読いただき、古き良き青春時代には遠い存在だった ‘カリブのラテントリオ’ の足跡を辿ってみてはいかがでしょうか。なお、出版元の「彩流社」(http://www.sairyusha.com TEL. 03-3234-5931)は、本書を絶版にしないようです。
ご参考までに、以下本書の「まえがき」抜粋と、「見出し」を紹介しておきます。

(Ⅱ)「まえがき(パブロ・マルシアール・オルティース・ラモス記述)抜粋」(Fragmento de prefacio)

(前略:Omisión)トリオ音楽愛好家である私にとって、これらの疑問は常に頭から離れません。しかし、色々調べ始めてから5年以上経ちますが、驚いたことに、このあたりの疑問に答えるような資料は全くといってもよいほどないのです。プエルト・リコという国に関する文献は数々あるものの、その中に我が国のトリオの歴史に関するような記述は見あたりません。そういうわけで、結局のところ殆どの資料は、現在の主だったトリオのメンバーの証言に頼らざるをえませんでした。したがって、本書を書くにあたっての資料の源泉は、1985年4月から1991年2月にかけて都合84回に及ぶインタビューになります。その内77回は録音テープに収録してありますが、なにぶん話の内容が昔の出来事でもあり、できうるかぎり当時の新聞や雑誌の記事をもとに裏付けをとりました。(中略:Omisión)
今回私の仕事の目的の一つは、この5年間に収集した信頼にたる情報を読者の皆様方と共に楽しむことです。さらにもう一つ、我が国の音楽学校はもとより、プエルト・リコ大衆音楽を研究している大学でさえ採り上げることのない、歴史に埋もれた多くの有能な音楽家たちを、この本の中で蘇えらせたかったのです。(後略:Omisión))

(Ⅲ)「見出し」(Títulos)

Ⅰ. 20世紀の幕開け
Ⅱ. 「トリオ」の先駆者たち
Ⅲ. キューバの「ソン」
Ⅳ. ラジオ放送の開始
Ⅴ. 「タンゴ」と4重奏団「クワルテートス」の30年代
Ⅵ. プエルト・リコのトリオとメキシコ
Ⅶ. 《トリオ・ベガバヘーニョ(EL TRIO VEGABAJEÑO)》
Ⅷ. 大戦による思想変革とトリオ
Ⅸ. 《トリオ・ロス・パンチョス(EL TRIO LOS PANCHOS)》 前編
Ⅹ. 「3人の歌声」時代(1950年代)
Ⅺ. ニューヨーク生まれのトリオたち
Ⅻ. 《トリオ・ロス・パンチョス》後編
ⅩⅢ. 世代間の断層
ⅩⅣ. 明日に向かって歩き続けよう