フリート・ロドリーゲス

《フリート・ロドリーゲス・トリオ(A)》が現れる前までのトリオ界は、《トリオ・ロス・パンチョス》の前にトリオなく《トリオ・ロス・パンチョス》の後にトリオなし、の状態でした。《ロス・パンチョス》の登場以来、ラテンアメリカのトリオはこぞって《ロス・パンチョス》をコピーし始め、「パンチースタ」という言葉まで生まれたほどです。その一方で、彼らに追いつき追い越せ、すなわち、脱《ロス・パンチョス》を志向するトリオのリーダーたちが大勢いたことも確かです。フリート・ロドリーゲスもその中の一人で、脱《ロス・パンチョス》を目指してこの《フリート・ロドリーゲス・トリオ(A)》を結成したのではないか?ということは何度も述べてきました。私は、彼はそれを見事に達成したと思っています。しかし、これほどプエルト・リコの大衆に支持され、それに応える立派な仕事をしてきたフリート・ロドリーゲス・レイエスが、本国プエルト・リコのポピュラー音楽界で、ラファエール・エルナーンデスやぺドロ・フローレスなどの大御所は別にして、ボビー・カポーやほかの人気歌手や作曲家に比べて、メディアが採り上げる機会が少ない、言うならば、過少評価されているのは何故でしょうか? メキシコなどほかのラテンアメリカ諸国ならいざ知らず、です。

フリート・ロドリーゲス

その理由には大きく分けて二つあると思います。一つは、彼の音楽活動の中身です。『カリブのラテントリオ』(234頁)に明記されているとおり、1962年から12年間の長期に亘りホテル「ドラード・ビーチ(Dorado Beach)」と専属契約を結び、ホテルでのライブ演奏に専念したためだと考えます。なぜなら、ホテルでの聴衆は宿泊客、つまり主に合衆国からの観光客、それも大衆とは縁遠い人々だったということです。彼らがフリート・ロドリーゲス・レイエスの音楽にどれほど関心を示し、理解をしていたかを問題にすること自体に意味がありません。それよりも、《フリート・ロドリーゲス・トリオ(B)》はもっとプエルト・リコの大衆の中に入りこみ、広く演奏活動を行うべきだったのです。

フリート・ロドリーゲス

二つ目は、実質的に《フリート・ロドリーゲス・トリオ(A)》のデビューアルバムとなった上記5枚の衝撃的ともいえる見事な出来栄えです。確かにこのアルバムシリーズは、プエルト・リコはもとより、メキシコやコロンビア、ドミニカ、キューバなどトリオ音楽が深く根づいていた国々の人々に広く受け入れられ、大ヒットしました。問題はそれからです。5枚のアルバムシリーズでデビューした、新星《フリート・ロドリーゲス・トリオ(A)》の演奏スタイルは完成度が高く、余りにもプエルト・リコ風であり、自身の作品も含め、全体的にフリート・ロドリーゲスの音楽理念が強く前面に出ています。言い換えれば、多くの人々にとって ‘とっつきにくく歯ごたえがあって、1度聴いただけでは真の味の良さが分からない’ トリオだったのです。さらに、フリート・ボレーロの真髄が哲学的とも思える難解な歌詞にあったことも災いしました。そのため、プエルト・リコはともかく、ラテンアメリカの人々に万遍なく浸透することが叶わなかったのです。
もう少し分かり易く説明します。皆様よくご存知の《ロス・トレス・ディアマンテス》と《トリオ・ロス・パンチョス》を比べてみてください。両方ともほぼ同時期にメキシコを代表するトリオと評されました。しかし《ロス・パンチョス》は ‘世界的な’ ブランドだったのに対し、《ロス・トレス・ディアマンテス》はメキシコでは絶大に支持されたものの、ほかのラテンアメリカ諸国ではそれほどではありませんでした。パブロ・オルティース氏も『カリブのラテントリオ』の中で、「プエルト・リコでもこのように人気上々の《ロス・トレス・ディアマンテス》であったが、興味深いのは我が国のギタリストたちがこのトリオのスタイルを受け継がなかったことである」(201頁)と述べています。オルティース氏はこの件に関し、個人的な意見として「多分コピーが ‘難しかった’ のだろう」とも説明していいます。この ‘難しかった’ という表現は単にテクニックの問題だけでなく《フリート・ロドリーゲス・トリオ(A)》の ‘とっつきにくかった’ と同意義のような気がします。ただ、《ロス・トレス・ディアマンテス》は、なんといってもラテンアメリカの中で最大のトリオ音楽のマーケットを抱えるメキシコで生まれたトリオで、世界的に支持者の数も膨大でした。それに比べれば《フリート・ロドリーゲス・トリオ(A)》のデビューアルバムへの注目度は限られていたのもやむを得ません。ちなみに、メキシコで《ロス・トレス・ディアマンテス》に続いて彗星のごとく現れ、脱《ロス・パンチョス》を果たしたトリオに、《ロス・トレス・アセス(Los Tres Ases)》がいます。しかし、彼らの人気は《フリート・ロドリーゲス・トリオ》/《ロス・トレス・グランデス》や《ロス・トレス・ディアマンテス》と異なり、スぺイン語圏諸国に広く根づいています。その演奏スタイルをコピーするトリオも、メキシコ以外に大勢います。その違いはなんだろうと考えるとき、ホワーン・ネリ(Juan Neri)が弾くアメリカンジャズの影響を色濃く受けたレキントと、それにともなう斬新なハーモ二ーと演奏スタイルの魅力に行き着きます。これは《トリオ・ロス・パンチョス》や《ロス・トレス・ディアマンテス》、ましてや《フリート・ロドリーゲス・トリオ》/《ロス・トレス・グランデス》には無かったものでした。このトリオの出現は衝撃的で、そのスタイルはスぺイン語圏諸国にまたたく間に浸透しました。現在、各国で数少なくなったトリオのほとんどが大なり少なり《ロス・トレス・アセス》のコピーをしています。
最後に、ラテンアメリカ歌謡界で、フリート・ロドリーゲスの評価がそれほどでもない理由として、衝撃的な5枚のデビューアルバムの発売後、メンバーの一人タティーン・バレが早々とトリオから抜けたことが挙げられます。彼の存在が、このアルバムシリーズの価値を高める最大の要素の一つであったことは、これまで何度も述べてきました。ただし、理由はともあれ、彼の退団がそれほどまでに大きかったことを、フリート自身どの程度認識していたかは分かりません。
バレの退団後フリートは、フ二オール・ナサーリオを急遽採用し、メキシコに向かいました。以下第4章「そして…」(Ⅰ)の【逃亡者たち:Fugitivos】歌詞紹介後の既述と重複します。一行はメキシコには40日間滞在し、『オルフェオーン』との契約を果たすべく猛練習を重ねています。そうして出来上がったのが、『貴方への贈り物』『よろしく、メキシコ』そして『《トリオ・ロス・パンチョス》、あの頃の歌』の3枚のアルバムでした。3枚ともに出来栄えは素晴らしく、特に随所に入るナサーリオとシャローンの弾く2台のレキントの合奏には新鮮さを感じます。中でも『貴方への贈り物』と『よろしく、メキシコ』の2枚は、《フリート・ロドリーゲス・トリオ(A)》の 「べストアルバム・シリーズ」 とは違った趣があります。前者は、フリートの作品と「アギナールド=クリスマスソング」を中心に全曲これぞ ‘ボリーケン=プエルト・リコの歌’ でまとめられ、後者は一転して軽快なボレーロばかりが集められています。なによりもこの2枚には、フリート・ロドリーゲスが《ロス・パンチョス》を辞めた後の彼の ‘熱い想い’ と ‘意気込み’ が残っているような気がします。しかし残念ながら、このシリーズもメキシコではそれほど評価されることはありませんでした。やはりフリートの音楽はメキシコでは理解されにくいのです。この後フリートが同じメンバーで《フリート・ロドリーゲス・トリオ(B)》の演奏を長期に亘って続けたことは、冒頭に述べました。
「フリート・ロドリーゲスの音楽」は、《トリオ・ロス・ロマンセーロス》でデビューして以降、総て彼のトリオ《フリート・ロドリーゲス・トリオ》と《ロス・トレス・グランデス》を通して表現されてきました。ですから、100曲にのぼる彼の作品はあくまで「彼のトリオのために書かれた」ものです。このような作曲家は《ロス・パンチョス》のアルフレード・ヒルとチューチョ・ナバーロ以外、私は知りません。
フリート・ロドリーゲスを語るとき、必ず出てくる言葉は「彼は演奏家なのか作曲家なのか?」です。私に言わせれば「フリート・ロドリーゲスは偉大な演奏家であり、偉大な作曲家」なのです。つまり、華やかなトリオのファーストボイスとしてのフリート、エンターテイナーとしてのフリートの方が、作曲家フリートよりも、少しばかり強くスポットライトを浴びることになっただけなのです。もし彼の生涯が作曲家一筋で終わっていれば、ラファエール・エルナーンデスやぺドロ・フローレスと並ぶ、プエルト・リコの代表的作曲家として高く評価されているはずです。幸か不幸か、「天が二物を与えた」ために、皮肉にも彼の偉大な業績が忘れられようとしていることは、残念というほかはありません。
残念といえば、私にとって大きな ‘心残り’ があります。それは、本文で採り上げた彼の作品/演奏に関する数々の疑問の答えを、マエストロから直接聞けなかったことです。じかに尋ねても、はたして満足な答えが得られたかどうかは分かりませんが、もう少し早くこの「カリブのラテントリオ」、特に第2章と第3章の執筆に取り掛かっていればと、今更ながら悔やまれてなりません。
音楽は感覚です。理屈ではありません。ご紹介した《フリート・ロドリーゲス・トリオ(A)》「ベストアルバム・シリーズ」を未だお聴きになっていない方は、是非一度聴いてみてください。すでにご存じの方々も、もう一度じっくり味わっていただき、この拙文がアルバム全60曲の鑑賞に少しでもお役にたてれば、この上ない喜びです。なお、本アルバムシリーズ(CD)は、「アンソーニア社」に未だ多少在庫が残っていることは確認済みですが、私の手元にも数セットあります。ご希望の方はご遠慮なくこちらまでご連絡ください。
最後になりましたが、本稿を作成するにあたり貴重な資料と音源をご提供くださった《トリオ・ロス・ぺぺス》のリーダー菊池明氏、蒐集家の大山明彦氏及び三大寺義尹氏、並びに《フリート・ロドリーゲス・トリオ》の演奏に関する有意義なご意見をいただいた後藤耀一郎氏の皆様方には心から感謝の意を表するとともに、厚く御礼申し上げます。